チリ地震津波2010をみんなはどう捉えたか(その2)
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作成日時 : 2010/03/29 18:13
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津波に対する基本的な質問に関して、全体としては不正解が多かった設問は、防災とはあまり関係ない、どちらかというと教養的なものって感じで、このあたりの結果を総合して考えると、日本人はやっぱり基本的に津波リテラシーは高いんだってことがわかる。
ただ、報道では、膝くらいまでの津波でも危険なので海には行かないでと繰り返し放送されていたはずなのに、どのくらいの津波が来たら避難しますかという問いには、1m以上でやっと半数を越えるくらいだった。
これは、ひょっとすると今回の津波警報で、オオカミが来たぞ現象が起きてしまったってことなのかも知れない。まあ、気象庁はだいぶこわそうなこといっているけど、あれはちょっと大げさに言っているんだなって思ってしまったのかも。
そうだとすると、これはちょっと問題かも知れない。まあ、今回のような遠地津波に限っていうなら、何十年に一度しか起きないようなことなので、多少の誤解が生じてしまってもそうは問題じゃないかもしれない。次に同じようなことが起きるまでにはみんな今回のことは忘れてしまうし、そのときにはまた改めて正しい情報が伝えられるべきだしね。
ただし、ふつうのもっと高頻度の、近くの地震で起きる津波は、警報が間に合わないくらい早く来ることもあるし、予報される波の高さは遠地津波より精度が高いので、高をくくってしまうとそれは危険なんだよね。
大津波警報が出ている状態で、心情的に津波を見に行ってみたいと思いますかという設問については、全体では31%なのに、全問正解者では44%が言ってみたいと答えている。
まー、興味の深い人ほど見てみたいと思うわけね。( ・∀・ )気持ちはわかるよ。
逆に、正解率の低い人たちでは、76%が見に行きたくないと答えている。これは、危険だから見に行かないというよりも、そもそも津波に全く興味がないので、正答率も低く、見たくもないってことらしい。と、なると、こういうタイプの人には、どうやって津波情報を届けたらいいかかなり難しいかんじ。
大津波警報が出たら、どのくらいの津波がくると思いましたかという問いには、1mが4人に一人、3mで半数で、5m、10mと答えた人もいた。
大津波警報は、区分としては3m以上の津波が来ると予想されるときに発令されるもので、何mの大津波警報という形で発表される。だから今回の気象庁の発表は、3mの大津波警報の発令だった。それで、実際に来た津波は最高で1.2m。もっともこれは験潮所での値なので、場所によってはもっと高くなっていた(2mほと)ところもあったみたい。
これからすると、みんなは「大津波」警報という言葉にこそ印象が強くて、実際の波の高さについてはあんまり印象に残っていないみたい。ただし、別の設問で、警報の出し方としては、単に大津波警報が発令されましたとされるのは嫌で、何mの波と数字を出して欲しいと言う意見が大半だった。
それで、今回の気象庁の警報は、みんなどう受け止めたのか。
津波警報の出し方は適切だったと答えた人は、全体の4分の3くらいで、過度な警報で不適切だったと答えたのは4分の1だった。
よかったよかった。( ・∀・ )
これはまあ、なっとくの答えなんだけど、一方で日本人ってヤツは……ってかんじもしないではない。これだけ予想が外れていても、まあこういう問題だからしょうがないかと思える人間がこれほど多いというのは、世界でもたぶん日本人だけなんでないかいってくらい。
それは日本人のきまじめさ、きっちりやることが好きな美徳の表れなんだけど、最近はそれのやり過ぎ、過剰による副作用が目立ってきて、社会を息苦しくしている元凶になっているんじゃないかと思うのね。
そもそも、どんなに遠くの地震でも、そのたびに緊急地震速報がテレビ画面に映し出されるような国は世界中で日本だけ。これは義務じゃないのに、全ての放送局がやっている。機械の仕組みとしてはやれるはずなのに、デジタルテレビでも消せないように放送しているし、しかも、デジタルテレビの機種によっては、緊急地震速報が出ると、テレビを消してあっても自動的に電源が入る物まであるらしい。
これをみんなは、少しはうざく思っていると思うけど、まあでもしょうがないかと受け入れている。
ちょっとまって、これって少しやりすぎでないのって言い出す人は少数派だ。
前回のチリ津波によって、堤防の建設が進んで、津波にも結構耐えられる環境が整備されている。日本人てのは、そういうところに抜かりはないわけね。
今回のチリ津波は、50年前よりもかなり規模が小さかった(50年前のは20世紀最大の地震だった)こともあるけど、こういう堤防の整備もあって被害がほとんど出なかった。それに、50年前には不可能だった事前の警報も、まあまあの精度でだすことができた。
これらは全て素晴らしい。我々はすでにかなり安全対策が施された世界に住んでいる。でも、その上にさらに一日中テレビ画面に日本地図のグラフィックを出し続けることに、どれほどの意味があるんだろう。それによって、社会がどんな利益を得て、どんな損失を被ったかってことを検討してみるなんて事には、あんまりみんな関心を持たないのね。とにかく安心側にやっとけばいいって感じで。
もっと安全にするにはどうしたらいいかという事にはみんなエネルギーを注ぐけれど、そろそろこれくらいで十分なんでないのと、過剰になっているんでないのと、安全でない側にものを考えることはなかなかしない。
しないというより、むしろそう言うことを言い出すと、万が一のことがあったらどうするんだと非難する傾向すらある。
命は地球より重いって感じ。これは、安心を得るためにはコストを無限にかけるべきだと言っているのに等しいし、結局はまわりまわって、あまりのうざさ面倒くささというコストを支払わなければならなくなって、自分が苦しむことになると思うんだけどね。
この問題は、日本人の美徳が過剰に働いているために生じていることで、ありとあらゆるところに蔓延しているし、イノベーションまで抑圧してしまっていると思うのね。まあ、この件については、話出すと長くなるので、それはまた追々書いてくことにするよ。
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